ゴールド・ラム おすすめ 3選|カクテルのお酒・スピリッツ編

世界4大スピリッツの一つのラム。4大スピリッツの中でも生産量は1位です。

ほのかな甘みのある飲みやすいスピリッツなので、カクテルのみならずケーキやタルトなどのデザート、紅茶の香りづけ、フレンチ料理などのに使われることも多く、お酒の消費ではジンウォッカに劣りますが、使われているジャンルは他を圧倒します。

ラムの種類には重さで分けられる場合(ライトラム・ミディアムラム・ヘビーラム)と色で分けられる場合(ホワイトラム・ゴールドラム・ダークラム)があります。

今回はその中のゴールド・ラムをご紹介します。

モラセスを発酵させ、連続式蒸留器で蒸留後に熟成させます。熟成用の樽も内面を焦がして香りづけをするウィスキーなどの樽とは異なり、内面を軽めに焦がした樽で熟成期間を短めにします。

熟成後のままの状態だと「 ゴールドラム 」、熟成後濾過したものを「 ホワイトラム 」と呼びます。

ハバナ・クラブ Havana・Club

原産国 = キューバ

歴 史

1878年に「 ホセ・アレチャバラ 」という人物が設立したブランドですが、1959年のキューバ革命の際にスペインへ亡命したため、その後はキューバに国有化されました。しかしホセ・アレチャバラはスペイン亡命後にアメリカへ移住し、ハバナ・クラブの商標を登録、アメリカ国内で販売していました。

しかしその後商標の更新を行わず、1973年に商標権は失効されてしまいます。その後商標はキューバ政府公団が失効した次の年の1974年にアメリカで登録申請し、1976年に承認されました。

現在ハバナ・クラブは、1994年にフランスのぺルノ・リカール社とキューバ政府が共同で製造と販売を行い、世界中で飲まれているようにまで成長しています。

特 徴

ハバナ・クラブは、ホワイトラム、ゴールドラムの中でも甘さ控えめでサッパリとした味わいが特徴です。その特徴からカクテルのベースとして使われることが多いです。

キャプテン・モルガン Captain morgan

原産国 = ジャマイカ

歴 史

1944年にカナダの酒造メーカーである「 シーグラム 」CEOの「 サミュエル・ブロンフマン 」が当時はイギリス領であったジャマイカ政府保有のロングポンド蒸留所を購入しました。 そしてそこからラム酒の製造、販売を開始します。

ジャマイカに住む薬局を営むレヴィ兄弟が、ロングポンド蒸留所からラムの原酒を購入し、それに薬草やスパイスを加えて熟成し、販売をしていました。 そのフレーバーラムをサミュエル・ブロンフマンはとても気に入り、権利を買い、シーグラムの子会社として「 キャプテン・モルガン・ラム 」が立ち上げられました。

ロゴマーク・銘柄

17世紀のカリブ海で実在した海賊「 ヘンリー・モーガン 」に因んで作られたラムです。 ラベルにはそのヘンリーモーガンの絵と、モーガンの言葉である「 人生とは愛と略奪 」という文字が書かれています。

特 徴

歴史にもありますように、このラムの特徴はやはりそのフレーバーです。 バニラなどの香草やアプリコット・香辛料などが使われ、風味豊かな味わいです。 口当たりがとても良く、飲みやすいのも特徴です。

ネグリタ Negrita

原産国 = フランス

歴 史

1850年代、当時のラムは品質にバラつきが多くあり、カリブの海賊等の影響からか荒々しいイメージがありました。 それを良く思わなかったフランス人の「 ポール・バーディネー 」は様々な醸造元から様々なタイプのラム酒をより寄せ、ベテランのブレンダーにブレンドを依頼します。そしてそれらを熟成させることで、いつ飲んでも同じ品質のアロマなラム酒を作ることを完成させました。

1857年ポール・バーディネーは、「 バーディネー社 」を設立し、完成させたラム酒を販売します。 当時の他のラム酒と比べると品質は上品で、安定していたためすぐに大きな人気を獲得するようになりました。

そして1905年( 明治38年 )、日本に輸入されるようになります。 ラム酒が日本に入ってきたのはこのネグリタが初めてということも有名です。 初の日本輸出ということもあり、バーディネー社社長も来日しているのですが、1905年( 明治38年 )当時は日露戦争の勝利で日本国内はお祭り騒ぎの戦勝パレード真っ最中の混乱状態でした。せっかく長崎に入港したものの、この騒ぎのおかげで東京までたどり着くことができなかったというエピソードもあります。

少女のラベルキャラクター

ネグリタの初期ラベルには、片隅の方に混血娘の「 ネグリタ 」という少女が描かれていました。

次第にこの少女の絵が名前よりも有名になり、「 少女の顔が入ったラム 」という感じで注文が入るようになり、赤色楕円形の縁取りをし、その中に描かれた少女の横顔に変更。 そしてそのままフレンチ・ラムの代名詞として世界中で飲まれるようになりました。

製造・特徴

現在バーディネー社は、西インド諸島のマルチニック島などの工場で蒸留したラムの原酒をフランスのボルドーに運び、ブレンド、オーク樽で熟成させます。

特徴は気品のある豊潤な香りと、高貴な味わいが特徴で、別名「 ラムの貴婦人 」と呼ばれています。 フランス国内ではトップシェアを争う程のブランドで、世界中でもカクテルのみならずお菓子作りで使用するラムとして定着しています。 中でもボルドーの銘菓として有名な「 カヌレ 」には不可欠なラムで、カヌレ協会会長も、「 ネグリタ・ラムを使ってこそ本物のカヌレである 」と推奨しているほどです。

ラムの原料・製法・歴史

世界4大スピリッツの一つのラム。4大スピリッツの中でも生産量は1位です。

カリブ海生まれが影響してか、カクテルにはトロピカルカクテルのレシピがたくさんあります。

ほのかな甘みのある飲みやすいスピリッツなので、カクテルのみならずケーキやタルトなどのデザート、紅茶の香りづけ、フレンチ料理などのに使われることも多く、お酒の消費ではジンウォッカに劣りますが、使われているジャンルは他を圧倒します。

ラムの誕生

ラムの主原料はサトウキビ、生まれはカリブ海です。(一説によるとキューバが有力です。) 初めにラムを作った国は特定できていませんが、1600年代の17世紀には存在したようです。

しかしサトウキビはカリブ海では自生しません。 ではなぜラムが生まれたのか・・・、それは1500年頃にヨーロッパからサトウキビが持ち込まれたところ、気候などの環境がマッチしたため、カリブ海全域に広がり、島々が生産地となりました。要するにラムはヨーロッパ諸国の植民地が発祥ということです。

更にアメリカで作られたラムは、アフリカで黒人奴隷の代金として渡され、そこで交換された黒人が西インド諸島でサトウキビ栽培の労働となります。 この連動した貿易がラムを世界中に広めた原動力のひとつになりました。

ラムの定着

そして17世紀カリブ海と言えばパイレーツ・オブ・カリビアンで有名な海賊です。 海賊と言えば宝と酒!

カリブ海の海賊が飲んでいるのは、ほとんどがラムです。 海賊のみならずこの時代のカリブ海のお酒はラムが一番飲まれていました。

1700年代中盤にイギリス海軍は、海の上の娯楽や、士気を高めるためにラムを兵士に配りました。 カリブ海の海賊とこの海兵の飲みものとしてラムは海のイメージが強くなっていったのです。

第二次世界大戦の頃のアメリカは「 ジン 」が人気でしたが、イギリスとの関係が悪く、ジンを輸入できずにいました。 そのジンの代わりに広まったのが同じスピリッツであり、アメリカでも生産しているラムです。 こうしてラムはジンやウォッカに勝るとも劣らない存在になっていきました。

日本では20世紀になってから生産されています。 基本的には西日本が主な生産地で、サトウキビで有名な沖縄県や、鹿児島県、高知県などです。

ラムの製法

主な原料はサトウキビですが、ラムには2種類の製法があります。 「 インドストリアル製法 」と「 アグリコール製法 」です。

〚 インドストリアル製法 〛

インドストリアル製法の特徴は、サトウキビから砂糖を精製する際に出る副産物( 廃糖蜜 )を使用します。

この廃糖蜜を「 モラセス 」と言い、このモラセスを発酵させ蒸留し、オーク樽で貯蔵・熟成させます。

ラムの製法は2種類ありますが、世界中のラム総生産量の97%はこのインドストリアル製法です。 理由としてはモラレスは貯蔵しておくことで生産者のタイミングにラムを作ることができるためです。そのため1年中ラムの生産を行うことができます。そして貯蔵しておけるので製造地もサトウキビを栽培し、収穫できる土地に置かなくても良いというメリットがあります。

〚 アグリコール製法 〛

インドストリアル製法はモラセスを使うのに対し、アグリコール製法はしぼり汁をそのまま原料として製造します。 この製法は全世界のラム生産のおよそ3%程の生産量しかありません。

その理由はインドストリアル製法よりもずっと新しい製法であること、サトウキビは刈り取るとその瞬間から発酵が始まってしまうため、しぼり汁を使うこの製法は、サトウキビ栽培地の近くでないと生産できず、収穫時期以外生産できません。なので希少価値の高いラムです。

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